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| アダルトチルドレン |
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育った環境を、変えることは出来ません。
その環境から作られた自分を変えるのは、ほとんど不可能です。
(100%不可能ではありません)
無理に変わろうとしないで、劇的に変わろうとしないで
少しずつ、前進すればいいのです。
他人の尺度は、関係ありません。
今日、出来なくても、毎日毎日、たった1回でいいから
「出来るよ」と自分に言い聞かせ
明るく楽しくニコニコしている自分を、思い浮かべるのです。
すると、半年前よりも、進歩している自分と出会います。
疲れたら、無理しないで休んでいいのです。
休んだら、また、進めばいいだけですから。
だんだん、自分のペースが分かってきます。
やっと、まわりの景色が見えてきて、自分がどこにいるのか分かってきます。
居場所が分かると、「こんな風になりたい」という
行きたいところが、ぼんやり見えてきます。
目標に向かって、努力し始めます。
愛というものが、少しずつわかってきます。
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●私自身、れっきとした「アダチル」です。
私は、三姉妹の末っ子ですが、私の赤ちゃんの時の写真が一枚もないのです。
二人の姉の写真はあります。
「望まれて生まれてきたわけではないんだ」
「私なんか、生まれて来なければよかった」
随分長いことこんな風に思って、心を閉ざして生きてきました。
●父は、第三子はどうしても男の子が欲しかったのですが
生まれてきた私は女の子だったので、たいそう、がっかりしたのです。
そんな父の思いが、私に染み付き
私は、親になつかない子供になっていたのです。
●上二人と違って自分になつかない私を、父は責めました。
「みっともない顔だ」「そんなことも出来ないのか」「おまえに出来るわけがない」
父の自慰行為を手伝わされたこともありました。
そのせいで、思春期を過ぎたあたりから、
父に犯される夢を、年に数回見るようになっていました。
●随分長い時間がかかりましたが、
今は、すっかりそういった夢も見なくなり
父や母に対する、恨みのような感情は一切ありません。
別に親を許せたとか、親の心を理解したとか、生んでくれたことに感謝している、
なんて立派なものではなく、
「これはこれでよかったのではないか」、と思えるようになってきたのです。
●親に対する執着がなくなったと、といったような感覚が一番近いです。
また、親の中に、尊敬できる部分も発見でき、この人達の子供であることに、誇りを持つことも出来るようになったのです。
今は、私の中に「可愛そうな私」は、存在しません。
何故ならば、いつのときも、一生懸命生きてきた自分の人生に
ウソがない、と堂々といえるからなのです。
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